底力
2010年7月3日 10:31 PM
ある女性患者さん。
大学病院のサロンに初めて来たとき、帽子を深くかぶりうつむいていました。
入院中は周囲に誰もがん患者がいなくて、退院したら健康な友達には病気のことを話せず、ずっと孤独だったと話してくれました。
帰るときにようやく見せてくれたぎこちない笑顔には、心細さと不安が見え隠れしていました。
治療に向き合えず、通院さえ出来ない時期もありましたが、おれんじの会で知り合った仲間が言葉をかけ続けてくれました。
そして時間が流れて…。
彼女は見事に立ち直っていました。
「自分の辛かった経験を他の人の役に立てたい」と一歩を踏み出しました。
顔をあげて満面の笑みを浮かべる横顔を見ながら、本当にあのときの患者さんかしらと疑ってしまうほどです。
人間には思いもかけないチカラが宿っているのです!
声のもつ力
2010年7月2日 9:58 PM
大好きな映画『紅の豚』がただいま放送中です。
森山周一郎さんと加藤登紀子さんの声があまりにもステキで、大好きになった映画です。
「声と話し方は、その人の品性と教養を表わす」と言ったのは、私が尊敬する千葉敦子さんです。
千葉さんは日本の新聞社で勤務した後フリージャーナリストとなりました。
乳がんと向き合った自身の経験を何冊もの著書で発表しています。
(この千葉敦子さんへの思いは別の機会にしっかり書きたいと思います。)
私も声を道具に仕事をする人間ですので、他人の声はとても気になります。
加藤登紀子さんのような、低く、相手を包み込むような声は憧れです。
声と話し方で、相手を癒すこともできると思います。
我が家のお隣はお年を取ったご夫婦がお住まいで、時々孫が訪ねてきます。
この孫ーと言っても20代前半くらいの大人の女性ーは、本当に明るくやさしい話し方をします。
ご夫婦は少し耳が遠いので大きな声で話しかけますから、必然的に我が家にも聞こえてきます。
「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう。また来るね」と言う声を聞くとこちらまで慰められるようです。
彼女は看護師をしていると聞きました。
この声は、きっとたくさんの患者さんを慰め、力づけていることと思います。
さて、翻って私は最近どんな声でどんな話し方をしているか?
う~ん、何だか疲れた声で嫌な話し方をしているような気がします。
反省。
あしたの目標は、加藤登紀子さんの声!
親を看るということ
2010年7月1日 9:36 PM
きょうから7月。
松山は蒸し暑い一日でした。
昨日から3日間に亘って、四国がんセンターの職員研修をおれんじの会で担当させていただいています。
全職員と、病院に関係する業者の方々併せて500人近くが参加する研修です。
今年は「聴き方 伝え方」をテーマにしています。
患者・家族の声にならない声を聴きとってくださるようにと願っています。
さて、昨日からテレビを騒がせている韓国人俳優が亡くなったニュースについて。
がんと向き合っている父親の事も関係しているのでは、という一部報道がありました。
それが事実かどうかはわかりませんが、少し思うところがあります。
年を重ねて次第に弱っていく親を子どもが看るのは普通のことです。
自分が元気で、親の面倒をみられるのは幸せなことだといえるでしょう。
でも、そう頭ではわかっていても心が苦しいということもあります。
私の母は持病があり、9年ほど前から入退院を繰り返すようになり、その後認知症が重症化して現在は専門病棟に入院しています。
現在の病院に落ち着くまでは、本当に厳しい闘いの日々でした。
歩けなくなる、排泄ができなくなる、問題行動を起こすようになる…病気のせいだとわかっていても自分の親の変化を受け入れるのは簡単なことではありませんでした。
受け入れられない自分が、ひどい人間に思えました。
親戚や周囲の方から「しっかり看てあげなさいね」と言われるたびに胸にナイフが突き刺さるようでした。
病院のベッドで小さくなっていく母を残して帰る車中は、涙が止まりませんでした。
亡くなったパク・ヨンハさんが、前夜父親の身体をさすりながら「ごめんなさい」と言っていたと聞きました。
彼の気持ちが、少しわかる気がします。
トンネルを抜けて…
2010年6月29日 9:53 PM
4日間の出張を終えて、昨夜戻ってきました。
26日には、ある研究会でがん患者・家族を地域で支えることについて短いお話をさせていただきました。
28日には、ワクチンについての学習会に参加してきました。
出発前には、あと2件の予定を入れていたのですが、体力・気力を考えてキャンセル。
もっと頑張れればという悔しさもあるのですが、ともかく無事4日間の出張を終えられたことに感謝です。
この間にも、相談や問い合わせの電話やメールが入ります。
その中で、とても嬉しいメールがありました。
去年治療を受けたAさんからです。
手術を受けたのですが、それは大変な後遺症を残すものでした。
病気が見つかるまで、ずっと元気に過ごしてきたAさんにとっては告知だけでもショックな出来事だったのに、更に後遺症まで抱えることになった事実はとても受け入れがたいものでした。
「このまま消えてなくなりたい」という言葉を繰り返していました。
その後退院したと知らせを受けてから2カ月ほど、どうされているか気になっていたところ送られてきたメール。
「本当に死を考えたことも、周りの誰の言葉も耳に入らなかった日々もありましたが、やっと長い長いトンネルの出口が見えた気がしています」
ここまで、ご家族やお友達の存在がチカラになったことは間違いありませんが、何よりもご自分の力です。
苦しんで苦しんで、悩んで悩んで、眠れない夜をどれだけ越えてきたことか。
そこを踏ん張ったAさんの勇気に心から拍手を送ります。
在宅医療
2010年6月27日 8:09 PM
例会のご案内です。
来週日曜、7月4日の例会は勉強会です。
テーマは「どう活用する?在宅医療と医療連携」です。
入院日数の短縮化で、病期にかかわらず自宅で生活しながら病気と向き合うケースが増えてきました。
住み慣れた自宅で過ごせるのはいいのですが、病状が急変したときや家族の介護力の問題など不安は尽きません。
そうした不安も含めて、自宅で過ごす患者・家族を支えるのが在宅医療です。
でも、医療設備のない普通の家で何ができるのか?
費用がかかりそう。
どこへ相談すればいいのかもわからない…などの疑問に答える勉強会を企画しています。
講師は、松山ベテル病院院長の中橋 恒先生です。
中橋先生自身も、日々患者さんの家を訪ねる在宅医療に積極的に取り組んでいます。
先生からのお話に加えて、在宅医療の実際を紹介するDVDも上映します。
関心のある方はぜひご参加ください。
7月4日(日)午後1時30分~ 松山市味酒町の愛媛県総合保健協会が会場です。
お待ちしています。
ひとやすみ
2010年6月25日 8:12 PM
愛媛で初めて開催するリレーフォーライフに向けて支援の動きが広がっています。
一昨日の実行委員会には、大学のボランティアサークルの学生や関心を持つ方々が初参加してくださいました。
昨日の夜は、松山市内の医療機関で緩和ケアに関わっている医師、看護師の方々がチームを作って協力してくださることになり、その実行委員会が開かれました。
病院の垣根を越えてのチーム結成です。
病院ではなかなか聞きづらい「緩和ケア」について、患者・家族と医療者が気軽に語り合う場を作れればと願っています。
大変なことの多いリレーの準備ですが、一緒に頑張る仲間の顔を見ているとまた元気をもらえます。
そんなわけで、夜の会議が続き慢性の睡眠不足です。
今夜は一つ約束をキャンセルさせてもらい、休養時間を確保。
日本戦が今夜でなくてよかったです。
マニフェスト
2010年6月22日 9:36 PM
蒸し暑い一日でした。
松山は真夏日を記録したそうで、さすがの私も今年初めて冷房をいれました。
夜になって雨が降り始めました。
さて、参議院選に向けて各党のマニフェストが出揃いました。
がんについて書かれている項目を読み比べました。
その差は歴然。
さぁ、どうする?
難しい問題を考えた後には息抜きも必要。
会員のみなさんは、専用掲示板をご覧ください。
すいぎゅうさんがイングリッシュローズの素晴らしい写真をUPしてくださっています!
緩和医療学会にて うれしい出逢い
2010年6月21日 10:16 PM
緩和医療学会報告の続きです。
学会2日目、最後のプログラムとして行われる市民フォーラムでお話をさせていただきました。
上野さんは26歳のときに睾丸がんが見つかり、厳しい治療を受けています。
その記録を新聞に掲載し、その後単行本として出版されました。
本が出た2002年、私もまだ治療が続いていた頃で、若年がん患者の闘病記に飛びつき夢中で読んだ経験がありましたので、今回のフォーラムでご一緒できることをとても楽しみにしていました。
上野さんのお話は、ストレートで聞く人の心にまっすぐに届くものでした。
お目にかかれてよかった~!
雑談のときに、シスプラチンの副作用の辛さや子どもが持てなくなった事、再発の不安などについて話をしました。
「そうそう」
「そうだよね」
…共感し合える仲間との出会いというのは、本当にうれしいものです。
元気を注入してもらった出逢いでした。
感謝!
緩和医療学会にて
2010年6月20日 8:33 PM
東京の国際フォーラムが会場です。
この学会は看護師の参加が多いのが特徴です。
厳しい勤務の中で研究をし、その成果を発表し、更に学ぼうという姿を見るだけでも励まされる思いでした。
いくつも収穫はありましたが、大きかったのは小澤竹俊先生にお目にかかれたことでした。
小澤先生は横浜で在宅ホスピスに取り組んでいて、その様子をNHKの番組で見て以来、一度お話を聞きたいと思っていました。
小澤先生がポスター発表なさっていた内容は「援助とは?」
先生は「援助とは、相手の支えを強める(育む)こと」と言っています。
では、支えとは何か?
①将来の夢 ②支えとなる関係 ③自分で決める自由
患者さん・家族の「支え」は何かをキャッチし、それを”励ましではない方法”で援助する可能性などについての発表でした。
援助者(医療者、家族など)はどう支えればいいのか?
「苦しんでいる人は、自分の苦しみをわかってくれる人がいると嬉しい」ということを徹底的に意識すること。
このブログでの紹介はここまでにします。
小澤先生の取り組みなどについてはhttp://www.bekkoame.ne.jp/~ta5111oz/ をご覧になってください。
学会2日目の収穫は、また明日に。
私の体調についてみなさんからご心配をいただいていて恐縮です。
今回の東京出張で、何だかずいぶんエネルギーを注入され出発前より元気になっていますのでご心配なく!
東京都日の出町に引っ越すのか、地域を変えるのか?
2010年6月17日 8:36 PM
東京都日の出町で、がんにかかる医療費を無料化する条例制定の準備が進んでいます。
詳しくはhttp://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=26158
検討課題も多くすぐに実施とはいかないようですが、思い切った取り組みに拍手を送りたいと思います。
では、日の出町に引っ越すのか?
それとも、自分の住む街を変えるのか?
答えは明確です。
住み慣れた街で、それは全国どこであっても、安心して病気の治療を受け暮らしていける環境を目指さなければなりません。
折しも、政治の季節。
各党のマニフェストが発表されます。
私たちが望む暮らしは、果たしてどこにあるのでしょうか?